真理の生成過程で、意識が苦労して歩む長い道のりとは
越谷ゴルフです。
もし自分が、
理にかなわない間違ったスイングを
身につけていたとしたら、
正しいゴルフスイングに矯正される時
本来ならば戸惑いや強烈な違和感を
感じるものである。
裏返せば、
違和感を感じない練習というのは、
本来ありえない、ということでもあるのだが、
もし、理にかなわない間違ったスイングを
体が覚えこんでいるにもかかわらず、
何も違和感を感じない練習を行っている、
としたら、
その状態を、
「下手を固めている」
というのだろう。
一般的には
違和感のない、気持ちよくナイスショットが続く練習こそ
いい練習であるように誤解されていることではあるが、
少し考えてみると、その考え自体が既に真理とは程遠い、
ということに気付くだろう。
そう。
まずは練習に対する考え方、
認識をあらためる必要があるゴルファーが一般的であり、
非常に多いということでもある。
一般的なゴルファーにおいては、
練習すれば上手くなるというものではない。
練習にたいする認識をまず換える必要がある。
ということでもある。
実は、この段階までは、まだ、
苦労しているようでも実はまだ、
その苦労してすすんでいくであろう道のりの、
スタートラインにすら立っていないのである。
・・・
体が理にかなわないスイングを覚えているにも拘らず、
違和感を感じないとしたら、
その状態における感覚が、
体と一致しているということなのだから、
つまりは感覚が(あるいは頭の中のスイングイメージが)
そもそも理にかなっていないということで、
それは、その人においては一見真理であるかもしれないが、
普遍的な真理とは実は程遠いものである。
それがたまたま他人から知識を得たり、
たまたま調子が悪くて体に力が入らず
普段と違うスイングになってしまったときなどに、
「これは!?」と気付くものがあったとしたら、
その一見真理と思えていたものが実は、
本当の真理とは違うものであることを認識する。
一般的には、練習に対する認識が変わることよりも
ここがはじまりである。
偶然の第一歩というわけなのだが・・・
ここから、意識が苦労して歩む長い道のりが始まり、
真理の生成過程の第一歩を踏み出す経験をする。
その隠されていた真実は、
何かを足した(例えば足がもう一本生えて安定した)
といった外付けのものではなく、
既に自分の内面に潜在的にあった、
自分がそれまで気付かなかった方法とか感覚である。
潜在的に自分の中にある意識を引き出すことが、
つまりは、真理の生成過程ということなのだが、
おさらいすると、
自分ではないと思っていたもの(違和感を感じていたもの)が
実は自分であることに認識が変わっていく過程、
相反する矛盾を克服し統一していく過程を、
真理を生成する過程という、
何に意識が苦労するのかというと、
つまりは矛盾や違和感、ということである。
従来の自分の方法や考え方の枠を超えて、
新しい方法に挑戦し、認識を変えていかなければならない。
しかし、本来人間には防衛本能というものがあり、
今までと違うものに触れたときは、まず自分の身を守るために
そこに壁をつくる(この壁は目に見えない)のである。
練習し、
本来の自分の潜在的なものを引き出し
自分のものにするためには、
防衛本能により自分の中につくりだされた壁、
この自分でありながら自分と向き合う状態
この精神現象を、長い道のりというのである。
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